日本の高級住宅街ってどこなのか、墨田区民が地価と歴史から調べてみた

わたしは墨田区に住んでいる。スカイツリーが近くて、川があって、古い商店街もある。この街はけっこう気に入っている。

それでも、ドラマで「田園調布のお屋敷」みたいなセリフが出てくると、一回くらいああいう街に住んでみたいなあ、と思ってしまう。思うだけならタダなので。

で、ふと気づいた。高級住宅街って、そもそもどこのことなんだろう。田園調布と成城と芦屋は聞いたことがある。でも、それぞれ何がそんなに高級なのか、1㎡いくらなのか、いつからそうなのか、ちゃんと知らない。

なので、国が毎年出している地価のデータと、区や市が出している街の資料を読みあさってみた。住む予定はないけれど、住むつもりで調べた。

文中のラベルの意味

発表国・都道府県・区や市、街をつくった会社や学校などが公表していること

報道新聞や不動産会社の記事などが伝えていて、公的な資料では確かめられなかったこと

推測わたしの推測、たとえ話、ざっくりしたイメージ

読みあさった主な資料

東京都財務局(地価公示)東急リバブル(地価の地点データ)大田区世田谷区千代田区港区渋谷区立松濤美術館芦屋市大阪市住吉区名古屋市東急神戸新聞

どの資料に何が書いてあったかは、本文の中といちばん下の一覧に書いた。

先に、調べてわかったことを3行で

「高級住宅街」に決まった定義はない。よく名前が挙がる街には、地価が高い、一軒あたりの土地が広い、街並みを守るルールがある、のどれか(たいていは全部)が当てはまる。

2026年の地価でいちばん高いのは千代田区の番町で、1㎡あたり400万円台から500万円台。一方、芦屋の六麓荘町は1㎡あたり24万円で、墨田区の住宅地の平均(61万円)より安い。

それでも六麓荘町が「日本屈指」と言われるのは、敷地は400㎡以上と決められているから。高級さは1㎡の値段より、広さとルールのほうに出ていた。

「高級住宅街」に、決まった定義はなかった

最初につまずいたのがここ。法律にも、国の統計にも、「高級住宅街」という区分はない。雑誌やランキング記事が、それぞれの基準で選んでいるだけだった。

ただ、よく名前が挙がる街を並べてみると、共通点は3つくらいに絞れた。推測

ひとつは地価が高いこと。もうひとつは、一軒あたりの土地が広いこと。そして、建物の高さや敷地の分け方に、街ぐるみのルールがあること。全部そろっている街もあれば、どれかが飛び抜けている街もある。

地価が高い 1㎡あたりの 値段 土地が広い 一軒あたりの 敷地の広さ ルールがある 高さ・敷地の 最低面積など 名前がよく挙がる街は、このどれか(たいていは全部)が当てはまる
わたしが整理した3つの条件。公的な定義ではない。

地価は、国が出している「公示地価」を使うことにした。国土交通省が毎年1月1日時点で、全国の決まった地点(標準地)の土地の値段を鑑定して、3月に発表しているもの。発表 地点ごとに「千代田-3」のような番号がついていて、同じ地点の値段を毎年追える。

似たものに、都道府県が7月1日時点で出す「基準地価」がある。公示地価の地点がない街は、こちらを使った。どちらも、実際に売り買いされる値段とは別物で、取引の目安になる値段だと思っておくといい。

地図に置くと、東京は西側に集まっていた

まず、取り上げる東京の6つの街と、わたしの住む墨田区を地図に置いてみた。

東京湾 西:台地(高台) 東:低地 皇居 番町 松濤 南麻布 白金台 成城 田園調布 墨田区(わたし)
緯度と経度から、わたしがざっくり置いた図。点線は台地と低地の境目のイメージで、正確な線ではない。

見事に、全部が皇居より西か南西にある。墨田区はひとりだけ北東にいる。

これには地形が関係しているらしい。東京の西側は「武蔵野台地」という高台で、東側は川がつくった低い土地。江戸時代、台地の上には大名や旗本の屋敷が並び、低地には町人の町が広がっていた。その名残で、西側の高台が「山の手」、東側が「下町」と呼ばれるようになった、と説明されることが多い。報道

墨田区は、まさに下町の側。高級住宅街の地図をつくったら、墨田区だけきれいに反対側にいた。ただ、スカイツリーは下町のほうに建っているので、高さではこっちの勝ちということにしておく。推測

大阪湾 三宮 梅田 六麓荘町(芦屋) 御影・住吉(神戸) 帝塚山(大阪) 六甲山の南の斜面
関西の3か所。これもわたしがざっくり置いた位置。名古屋の白壁は、名古屋城のすぐ東にある。

関西は、神戸と大阪のあいだ、六甲山のふもとの斜面に集まっていた。海と山にはさまれた細長い土地で、上のほうに行くほど海が見下ろせる。ここも、高いところにある。

街のでき方は、3つのタイプに分かれた

街ごとの歴史を読んでいくと、でき方にはパターンがあった。わたしなりに3つに分けてみた。推測

江戸の屋敷の跡 武家地・大名屋敷 番町 南麻布 白金台 松濤 白壁(名古屋) 一からつくった街 会社や学校が分譲 田園調布 成城 帝塚山 六麓荘町 実業家が集まった 明治〜昭和初期 御影・住吉
わたしの分け方。六麓荘町や帝塚山も、実業家が移り住んだ街として語られることがあるので、きれいに分かれるわけではない。

ひとつめは、江戸時代のお屋敷の跡。広い屋敷の区画がそのまま残っていたり、明治以降に大きな邸宅に変わったりした街。ふたつめは、大正から昭和のはじめに、会社や学校が郊外の畑や林を買って、一から分譲した街。みっつめは、大阪の実業家たちが自分たちで集まって、邸宅を構えた村。

どのタイプも、もともと一つひとつの土地が広かった。そこがあとで効いてくる。

2026年の地価を並べてみた

10の街の地価を、1㎡あたりで並べた。街の中に地点が複数あるところは、わたしが平均した。

1㎡あたり(万円) 番町 462.0 南麻布 379.3 白金台 292.7 松濤 227.0 田園調布 95.8 成城 85.1 白壁・橦木町 62.2 墨田区の平均 61.3 御影山手 50.3* 帝塚山 43.3 六麓荘町 24.0* *は2026年7月1日時点の基準地価。ほかは1月1日時点の公示地価
下の表の数字から、わたしがつくったグラフ。青が、わたしの住む墨田区の住宅地の平均。
街1㎡あたり使った地点(番号)
番町462万円六番町(千代田-3)530万円、三番町(千代田-1)441万円、一番町(千代田-7)415万円の平均
南麻布379万2,500円港-16 499万円、港-28 476万円、港-7 297万円、港-22 245万円の平均
白金台292万6,667円港-29 548万円、港-8 178万円、港-6 152万円の平均
松濤227万円渋谷-5 264万円、渋谷-26 190万円の平均
田園調布95万8,333円3丁目(大田-4)126万円、3丁目(大田-36)85万3,000円、4丁目(大田-30)76万2,000円の平均
成城85万1,000円6丁目(世田谷-16)102万円、2丁目(世田谷-39)78万9,000円、8丁目(世田谷-89)74万4,000円の平均
白壁・橦木町62万1,500円名古屋東-1、-2、-3、-10(36万5,000円〜84万5,000円)の平均
墨田区の平均61万3,300円東京都財務局が出している区の住宅地の平均
御影山手50万3,000円基準地価(東灘-18)
帝塚山43万3,000円帝塚山中2丁目(大阪住吉-1)
六麓荘町24万円基準地価(芦屋-8)

公示地価は2026年1月1日時点、基準地価は2026年7月1日時点。住宅地の地点だけを使った。地点の番号と値段は、東京都財務局の資料と東急リバブルの地価ページで確認した。発表

トップは番町だった。東京都財務局の資料によると、東京23区の住宅地でいちばん高いのは港区赤坂1丁目の地点で、1㎡あたり711万円。2位が白金台3丁目の548万円、3位が六番町の530万円、4位と5位が南麻布だった。発表 10位までが、港区と千代田区と渋谷区でほぼ埋まっている。

1㎡あたり530万円ということは、たたみ1枚(約1.62㎡)ぶんで860万円くらい。わたしが一生懸命働いても、たたみ1枚が買えるかどうか。推測

そして、下のほうを見てほしい。墨田区の平均が、御影山手と帝塚山と六麓荘町より上にいる。

グラフをつくったとき、何かの間違いだと思って3回くらい確かめた。でも合っていた。このことは、あとの「墨田区より安いのに、日本屈指」で考える。

10の街を、1つずつ見ていく

ここからは街ごとに、どうやってできたのか、いまどんなルールがあるのかをまとめた。地価は上の表と同じ。

番町(東京都千代田区)

1㎡あたり462万円(3地点の平均) 最寄りは四ツ谷駅、市ケ谷駅など

皇居のすぐ西、一番町から六番町まである一帯。千代田区の町名由来板によると、江戸城に入った徳川家康が、城の西側を守るために「大番組」という部隊の旗本を住まわせたのが、番町という名前のはじまり。発表 地名からして、もともと警備の人たちの住宅街だった。

明治以降は、旗本屋敷の跡が桑畑を経て、官僚や政治家の屋敷街になった。戦災のあとはマンションやオフィスに変わって、いまは区の地区計画で建物の高さなどを誘導している。発表

六番町の地点(千代田-3)は、広さが2,266㎡もある。発表 1㎡530万円をかけると、120億980万円。家というより、もう国家予算の単位で数えたくなる。

南麻布(東京都港区)

1㎡あたり379万2,500円(4地点の平均) 最寄りは広尾駅、麻布十番駅など

港区によると、江戸時代の南麻布には、仙台藩伊達家や盛岡藩南部家の下屋敷などがあった。「南麻布」という町名がついたのは1966年と、意外に新しい。発表

真ん中にある有栖川宮記念公園は、南部家の下屋敷から有栖川宮の御用地になり、1934年に高松宮から下賜されて公園として開かれた。発表 港区には大使館が86か所あって、全国でいちばん多いらしい(2020年12月時点の区の資料)。発表 散歩していると、いろんな国の旗が見えるはず。

白金台(東京都港区)

1㎡あたり292万6,667円(3地点の平均) 最寄りは白金台駅

港区の資料によると、白金台は1651年に白金村から分かれてできた町で、明治のはじめにお寺の土地や、高松松平家の下屋敷の跡などを合わせて広がった。発表

1933年には、ここに朝香宮邸が建った。いまの東京都庭園美術館で、国の重要文化財になっている。発表 結婚式場として知られる八芳園も白金台にあって、江戸時代のはじめに大久保彦左衛門の屋敷だったと言われているそうだ。発表

地点ごとの差が大きいのも白金台の特徴で、駅前の548万円から、152万円の地点まである。平均すると292万円。駅から何分かで、1㎡あたりの値段が3倍以上変わる。

松濤(東京都渋谷区)

1㎡あたり227万円(2地点の平均) 最寄りは渋谷駅、神泉駅

渋谷駅から歩いて10分ちょっとで、急に静かな邸宅街になる。渋谷区立松濤美術館の資料によると、「松濤」という地名は、ここにあった鍋島家の茶園で採れたお茶が「松濤」の名前で売られていたことに由来する。発表 街の名前が、お茶の銘柄だった。

鍋島松濤公園の池は、かつて徳川家の持ち物だったとされている。発表 江戸時代の屋敷についていろいろな説を見かけたけれど、どの徳川家だったのかまでは、公的な資料では確かめられなかった。

松濤1丁目の地点(渋谷-5)は、渋谷駅から960m。発表 スクランブル交差点の人混みから、1kmもないところに1㎡264万円の住宅地がある。この落差が松濤なんだと思う。推測

田園調布(東京都大田区)

1㎡あたり95万8,333円(3地点の平均) 最寄りは田園調布駅

高級住宅街と聞いて、たぶん多くの人がまず思い浮かべる街。東急の社史によると、1918年に渋沢栄一が中心になって田園都市株式会社をつくり、1923年8月に多摩川台地区(いまの田園調布)の最初の分譲をした。発表

街の形がおもしろい。駅を中心に、同心円の曲線と放射状の道が交わる「エトワール(星)型」の街路になっている。発表 上から見ると、駅からクモの巣みたいに道が広がっている。

駅
エトワール型の街路のイメージ。わたしが描いた模式図で、実際の道の数や形とは違う。

いまの街並みを守っているのが、大田区の「田園調布地区地区計画」。住宅地区では、敷地の広さは165㎡以上、建物の高さは9m以下、道路から2m下がって建てる、垣根は原則として生け垣か網状にする、といったルールがある。発表 地区計画の文書には、住民が「田園調布憲章」などを自分たちで定めてきたことも書かれていた。発表

165㎡は、だいたい50坪。ここより狭く土地を分けて売ることはできない。高級住宅街の「高級」は、こういう地味なルールの積み重ねでできていた。

成城(東京都世田谷区)

1㎡あたり85万1,000円(3地点の平均) 最寄りは成城学園前駅

成城は、学校がつくった街だった。成城大学の発表によると、1917年に牛込で生まれた成城小学校が、1924年に砧村の土地を買って分譲し、1925年に学園ごと移ってきた。発表 世田谷区の資料では、移転当時ここは雑木林の原野だったとされている。発表

いまは、住民が2002年に定めた「成城憲章」がある。敷地は250㎡以上をめざし、分ける場合でも125㎡以上、125㎡より小さい敷地はそれ以上分けない、という内容。発表 2017年には、世田谷区の条例にもとづく「成城地区地区街づくり計画」も決まった。成城1〜9丁目の約226.6haで、敷地は125㎡以上、高さは10m以下、敷地の広さに応じて木を植える本数の基準まである。発表

木の本数まで決まっている街は、初めて見た。成城の並木道が緑っぽいのは、たまたまではなかった。

白壁(名古屋市東区)

1㎡あたり62万1,500円(白壁と橦木町の4地点の平均) 最寄りは東大手駅など

名古屋城のすぐ東。名古屋市によると、江戸時代のこのあたりは300石クラスの中級武士が住む地域で、100〜300坪ほどの武家屋敷が多かった。発表 1985年には、白壁・主税・橦木の通りを中心にした約14.3haが「白壁・主税・橦木町並み保存地区」に指定されている。発表

名古屋城から徳川園までの一帯は「文化のみち」と呼ばれていて、江戸から大正にかけての建物を残して使う取り組みが続いている。発表 地価は墨田区の平均とほぼ同じ。でも、こちらには300坪の武家屋敷があった歴史がある。比べる軸が違う。

六麓荘町(兵庫県芦屋市)

1㎡あたり24万円(2026年7月1日の基準地価) 最寄りはJR芦屋駅から2.4km

「日本一の高級住宅街」として名前が挙がることが多い街。報道 芦屋市の資料によると、株式会社六麓荘が「東洋一の健康地」をかかげて、1929年から1931年にかけて山を造成して分譲した。電線を地中に埋める試みもしていた。発表 90年以上前に、もう電柱のない街をめざしていたことになる。

いまのルールは、芦屋市の「六麓荘町地区地区計画」。建てられるのは原則として一戸建ての住宅だけで、敷地の広さは400㎡以上。建物の高さはいちばん高いところで10m、軒の高さは7mまで。道路から2m以上下がって建てる。門扉は原則として内側に開くこと、という決まりまである。発表

133㎡ 165㎡ 400㎡ 830㎡ 青:墨田区の地点 (墨田-2、文花1丁目) 灰:田園調布の最低 枠:六麓荘町の最低 赤:六麓荘町の基準地
面積の比がわかるように、正方形の大きさをそろえて描いた(わたしの作図)。墨田区の地点と六麓荘町の基準地の広さは、地価の資料に載っているもの。

御影・住吉(神戸市東灘区)

御影山手は1㎡あたり50万3,000円(2026年7月1日の基準地価) 最寄りは阪急御影駅など

神戸新聞の記事によると、明治から昭和のはじめにかけて、住吉村の観音林・反高林と呼ばれたあたり(いまの住吉山手、住吉本町、御影郡家あたり)に、大阪の実業家たちが次々に邸宅を構えた。1932年には、一世帯あたりの所得税の平均額が県内1位で、「日本一の富豪村」と呼ばれたという。報道

1912年には、住民の社交の場として「観音林倶楽部」もつくられたそうだ。報道 大阪の煙を避けて、海と山の見える斜面に住む。いまでいう、職住分離のはしりみたいな話だと思った。推測

帝塚山(大阪市住吉区)

1㎡あたり43万3,000円(帝塚山中2丁目の公示地価) 最寄りは帝塚山駅など

大阪市住吉区の資料によると、第一次世界大戦のあと、船場の商家が郊外に移り住むようになり、住吉の耕地整理と、路面電車(いまの阪堺電気軌道につながる鉄道)の発達がそれを後押しした。分譲したのは東成土地建物という会社だった。発表

都心の商人が、電車で通える郊外の高台に家を持つ。田園調布とほぼ同じ時代に、大阪でも同じことが起きていた。

墨田区より安いのに、日本屈指

ここで、さっきのグラフの話に戻る。六麓荘町の1㎡あたり24万円は、墨田区の住宅地の平均(61万3,300円)の4割くらい。時点が半年ずれているけれど、ずれを考えても逆転はしない。

なのに、六麓荘町は「日本屈指の高級住宅街」と呼ばれて、墨田区はそう呼ばれない。理由は、さっきの敷地の図にあると思う。推測

六麓荘町の基準地は830㎡ある。24万円をかけると、土地だけで1億9,920万円。一方、墨田区の地点(墨田-2)は133㎡で、1㎡49万4,000円をかけると6,570万2,000円。発表(かけ算はわたし) 1㎡は墨田区のほうが高いのに、一軒ぶんの土地代は六麓荘町が3倍になる。

しかも六麓荘町では、400㎡より小さく分けて売ることができない。安く住みたい人向けの小さな区画が、ルール上つくれない。高級住宅街の入場料は、1㎡の値段ではなく、最低でも400㎡ぶん買わないといけないところで決まっていた。

逆に言うと、墨田区の地価は、駅が近くて、小さな区画がたくさんあって、マンションも建てられるから上がっている。どちらがいい悪いではなく、土地の使われ方がまるで違う、という話だった。推測

自分で計算してみる

どの街で、どれくらいの広さを買うといくらになるのか。墨田区の平均と並べて見られるようにした。

この街で土地を買うと、いくら?

街と広さを選ぶと、上の表の地価から土地代を出す。建物代は入っていない。比べる相手は、わたしの住む墨田区の住宅地の平均(1㎡あたり61万3,300円)。

土地代の目安―

選んだ街

墨田区の平均

計算式:1㎡あたりの地価 × 広さ(㎡)。1坪は400/121㎡(約3.31㎡)で計算している。地価は公示地価または基準地価で、実際に売り買いされる値段とは違う。地点が複数ある街は、わたしが平均した値を使った。

試しに田園調布の最低ライン、165㎡(約50坪)で計算すると、1億5,812万円くらい。同じ広さを墨田区の平均で買うと、1億119万円くらいになる。差は5,700万円ほど。思っていたより縮まった。番町に切り替えると、7億円を超えて、もう何の話かわからなくなった。

調べてもわからなかったこと

実際にこれらの街で土地がいくらで売り買いされているのかは、わからなかった。公示地価はあくまで目安で、広い土地がまとめて売りに出ること自体が少ないはずなので、相場があってないようなものなのかもしれない。推測

松濤が江戸時代にどの大名の屋敷だったのか、番町の「一番町〜六番町」が大番組の「一番組〜六番組」から来ているのかも、民間の記事にはあったけれど、区や美術館の資料では確かめられなかった。帝塚山という地名の由来も、今回はわからなかった。

新しい地価が出たら、このページの数字は書きかえる。

ついでに気になったこと

日本でいちばん地価が高い住宅地はどこ?

東京都財務局の資料では、2026年1月1日時点で港区赤坂1丁目の地点(港-4)の1㎡711万円が、東京23区の住宅地でいちばん高かった。発表

高級住宅街の地価は上がっているの?

東京都財務局によると、2026年の区部の住宅地の平均は前の年より9.0%上がっていて、港区は16.6%、千代田区は10.7%上がった。発表 ちなみに墨田区も13.2%上がっている。発表 墨田区、地味に健闘している。

結局、住むとしたらどこ?

計算機で遊んだ結果、どこも土地だけで億を超えるので、住む話はいったん保留にした。まずは散歩から始めたい。成城の並木道と、田園調布の駅前の放射状の道は、歩くだけならタダなので。

読みあさった資料の一覧

地価は2026年1月1日時点の公示地価と、7月1日時点の基準地価。地点ごとの値段と広さは、東京都財務局の資料と、東急リバブルの地価ページで確かめた。歴史とルールは、なるべく区や市が出している資料から引いた。

更新履歴:2026年10月18日 公開

※この記事は2026年10月18日時点で公開されている地価と資料をもとに、不動産の専門家ではない個人が調べてまとめたものです。地価は取引の目安で、実際の売買価格ではありません。「推測」と書いたところはわたしの考えやたとえです。どの街やそこに住む人についても、良し悪しを決めつける意図はありません。